私だけじゃないのかもしれませんが、そろそろ終活をしなくちゃという人たちも、コロナ禍以降、集いがダメな事やらその他、最期が寂しくなることを受け容れつつあるんじゃないかと思うのです。葬儀というのは、残された人たちのお別れであって、亡くなった人はその人たちへの愛情として、その準備をしておくのが手順なのでしょう。人によってはお別れそのものが途轍もなく悲しく、切なく、受け容れがたいままで過ごしているのかもしれません。

あ、これは私個人にはあまりあてはまりません。私はかなり若い頃から、「人はひとりで生まれてきてひとりで死んでゆく」というのをよく理解していました。たぶんバイクに乗っていたからというのもあるし、中学のときの同級生が高校1年で自殺してしまったこともあります。そして20代のときに自分の目の前でバイクごと事故に遭った人を見てしまったから、というのが大きかったです。

パイロットになり、かなり危険な状態に遭遇したにも拘らず、私はまだここにいて、さらに大動脈解離も生き延びてしまったし、せっかくならば、自分の選択肢がよりよい方向に生かされる最期にしたいと願う欲張りになりました。

となると、もう日本で死んでお墓に埋葬されるのはイヤだなぁと思います。だいたい、私は長女なので、色濃い習慣を受け継いだ、縁を切った弟によれば、入るお墓すらないし、いっしょに入りたくもないし・・・。(^_^;) 

しかも自分が死んでから誰かに参ってもらいたいわけでもなく、わざわざ足を運んでお掃除してもらったりもしたくない。自然に帰れる状態になっておくのがいいと昔から想っていたのです。おそらくそれは、探検家植村直己が事故死したあたりから。私は当時二十歳になった頃で明治大学に属していたので、探索の熱意がひしと感じられていたのです。しかも、義援金の額の多さや、長期に渡り、McKinleyに探しに行く人々の延べ数に、私は死生観を固めなければならないなと感じた時期でした。

植村直己という冒険家は、単独行動の冒険達成をし続け、最期にはAlaskaで下山中に行方不明になったので、そのナマミは自然に帰ったんだろうと解釈し、たくさん残された日記やら所持品が示すさまざまな葛藤なども、当時よく読みました。

ひとりで死んでいく身であっても、生きているうちは、誰かに何かを還元できる存在になりたいと、その当時、強烈に願ったものですが、今まででどの程度、還元できたかはわからないです。私は本格的な山登りをしないので、単独冬季登頂などに還暦を過ぎてチャレンジできませんが、それに近いことをしておきたいと、アメリカに住んでいた頃には、元配偶者に連れられ、ハイキングレベルのことはしていたんですね。ただ、雪山は無理でしたね。(^_^;)

そして今は、病気で死ぬのではない限りは、山小屋が最期の家になることを望んでいます。救急車が必要ないように倒れて、枯れて侘びて寂びて死にたいですね。

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