人間関係の悩み その4 友だちと続かない
すでに何度か書いていますが、私は人間関係は Come and Goだと信じています。流動的OKです。自分が成長したら、これまでつきあってきた人と重なる部分が減ったり増えたりするのも当たり前だし、距離が縮んだり遠くなったりも当たり前だし・・・。なので、人々は自分のもとを訪れることもあれば、去ることもある、と。
であれば、友だちと続かないと嘆く必要もないかもしれないです。
Precious One English School の心理レッスンでは、「友だちは少なくていい」と学びます。なぜならば、友だちが多すぎる人は、自分のことを妥協する確率や機会数も増えるし、もしも妥協しなかったら、「わがままな人」「自分勝手」とラベル貼りされる確率が増えてしまうからですね。しかもつきあっている人数が多いと、手帳や記録をつけておかない限りは、「単なる体感」で、「私が我慢した」「あなたに我慢させた」などという主観的なあやふやさで、誰かを責めたり、愛したりなんてことも多くなってしまいます。
この面倒でフェアじゃないことが、私個人はとっても嫌いですね。誰かをうんと贔屓することや、誰かを特別扱いすることが、私というニンゲンの質にはちょっとできないことなのです。それはやはり「自分がやられたくないことは他人にもしない」を美徳としているからなんでしょうね。
人生は選択の連続です。その判断を好きー嫌いの感情や、自分が得をするか損をするかで分けているだけでは、ものすごく身勝手でわがままで道理が通らないじゃないですか。なので、私は友だちという感情を重視するよりも先に、原理原則と照らし合わせるクセをかなり幼い頃からつけようとがんばってきました。そのため、嫌われたこともあったし、選ばれなかったことや大切にされなかったこともありますが、今はそれが統合的にはよかったことと思っています。
自分が誰かを信頼したり、されたりする指針が明確で確固たるものになってきたからですね。
たとえば友人つきあいで10年なら長くて3年なら短いというのも主観や相対評価です。私はその長さよりも、密度や質を選びたいと思います。
映画 Terminatorでも、Sarah ConnorsとJohnの父親になる Kyle Reeseはたったの2日しかいっしょにいられなかったけれども、「一生分愛した」と言っています。映画だからそんなにすごいストーリーが描けたんじゃないか!と言い放ちたくはないですね。私はSarahがニンゲンとしては理想的だと捉えているところがあります。大儀のために自分を犠牲にできたり、正義や人類のためにあらゆることを考えて行動に移そうとしたり・・・。女性としての満足感がたった2日だとしても、それを生涯大切にできたのってすごいです。
内容の濃さや密度や質を求めていければ後悔はないと思うので、友人の数や、その続いた長さは第二義以降のものとしてもらえたらと思うのです。
もうひとつの側面は、「なぜ続かなかったのか?」を考えたときに、自分に恥じることがなければいいじゃないかと、自分を赦せるようにしてもらいたいです。ストレスになる人間関係を20個持つよりは、たったひとつでも持った経験の記憶を生涯大切に胸に抱けるほうがずっといいです。
私はそう思うのですが、みなさまいかがでしょうか?






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