いつだったんだろう?と思うんだけど、軽い怒り・不快はあるんだよね、かなり毎日ベースでも。ただ、振り子のようにあっちに行くような沸点目指して血が上るみたいなことが、もう何年もない。いや、何十年と言ってもいいのかも。

たぶん全体的な世界観として、この世には「騙す人、信頼に値しない人たちがたくさんいる」とわかってからは、その人たちは対象外になっているからなのだろうなぁ、と。

しかも、私の世界は現実にあまり広いわけじゃないし、新しい情報も意義があると認めない限り、あまり積極的には入れていないので「これまでの自分との整合性」は合うようにしちゃっているのだろうなぁとは思う。

もちろん、平均的には還暦すぎていろいろなことしてる、というのが印象なのだろうけれども、10代から40代くらいまでに比べると、その熱意はぐんと減ったんだよなぁ。

だから怒らない。たぶん、50代に入ってからは、いろいろなものを見ても分類が鋭くなってきて、整理整頓ができるので、「あ、形が少し違うように見えるだけでこれはこういうことだ」とわかるようになってきたからだと思われる。

ほら、オレオレ詐欺も最初のやつから、たくさん変形というかバラエティが増えてるじゃない?あれをひとくくりにして「詐欺」じゃないですか。その亜流版も見えてきているので、分類しやすいっていうか・・・。だから、相手にしなくていいものがものすごくたくさんにになってきたので、新しい情報と思って見てみると、そうでもないものが増えているっていうか・・・。

私が怒るのは、今はもう不正義について、だし、それに苦しめられている人たちが何もしないこと、くらいかなぁ・・・。まぁ、家の中でも不正義はあるんだけど、繰り返し小さいのをやられても、「小さい・・・」とか「これに怒ってたら自分で自分の身体を壊す。メンタル健常大事!」と思って、怒らないことがもう40代を過ぎたら増えていき、50歳あたりで「振り切り」「見ないふり」「絶対的措置」になっていったので、怒るという感情ではなくて、解決のためのプロセスに変化したかなぁ。

なぜ今日これを書いているか?というと、無駄に怒ると身体に悪いということが言いたいのだ。確かに相手や周りがひどいことをしているかもしれないけど、それに反応すること、気を引かれてしまうことが、相手の思うツボというところなのだよねぇ・・・。

もう対話や行動化でも通用しないのであれば、あとは離れて距離を取るしかないんだけど、それが難しい相手はいるよね。職場に存在しているとか、子どもの習い事で鉢合わせるとか、習い事のメンバーとかね。徐々に距離を取るのよーう!作戦が必要だけどがんばるのだ。

大きな敵や込み入った不正義に怒るのであれば、あまりに巨大すぎてこっちも冷静になって、作戦立てる必要があるんだよね。私はそうしてきたと思う。プチンと切れてしまっていた10代・20代は、ただ単に自分が大損の遠回りをしていることに気づきつつも、まったく無駄だと思っていなかったし、今が学んでいるいい循環だ!くらいに威張っていたかも。

でも、それで気持ちが削がれていて、自分がどんどん疲れていることに気づけなかったよね・・・。

なので怒らないでほしいです。

私はもう忘れちゃったよ、いつ最後に怒ったか。自分のためになんてもう怒ってないからねぇ・・・。

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