自分の脳内についての関心
やはり還暦を過ぎたあたりから、きちんと高齢者になりつつあるという自覚はあるんだけど、私よりも周囲のほうがそうでもなく・・・。おそらく見た目からなんでしょうね。ご近所でもみなさんと10歳も違わない方もいるし、一回りちょっとくらいなのに、なぜか私を50歳になったばかりでしょ?くらいの認識でいらっしゃる方もいて、ちょっとびっくり(笑)。
そこで外見はもうどうでもいい、と振り捨ててから20年が経つんで、衛生上・マナー上の問題がなければまったく注力するエリアではなく、私の関心は脳にある!
私が再渡米したい理由の大きなひとつもここにあり、最新の情報をものすごく身近に大学院の中で知りたい、というのが原動になっていて、おそらくStanfordやBerkeleyでは、学会にしょっちゅう出席する教授やゼミ生がたくさんいるので、私もちゃんとアピールして連れていってもらいたいのである。
でもね、それまで本当にこの右肩上がりの脳の状態が保つのか?というのも少し翳るんですよね。運動の定着が不備なのがひとつ。ストレスももうひとつ。
なので、仕事で脳に着目する機会数を無理やり増やしているという傾向もあります。好きなことだから積極的にしたいというのもあって、うんざりするわけもなく・・・。むしろ、似たように外見的には見えるんだけど、差異をもたらす要因の追求がしたい。
根本的にこれが始まったのが、弟と私の違いからです。同じ親に育ち、環境も変わらず、途中からつきあう友人に差がどんどんできてきたにせよ、今ではえげつない差になっています。私は感情のみで動く傾向があった自分を、野生の馬やトラや象を馴らすように、自分を丁寧に時間を掛けて馴らしてきた自負があります。本来ならば、社会になど出れるわけもないくらい、自由すぎるわがまますぎる、バカすぎる子だったと思うんですね。弟も似たり寄ったりだったりでしたが、いつの間にか道が分かれたのが不思議で。もう今はあらゆる考え方が真逆なのです。どうしてこんなに譲れないものまでも分かつようになってしまったのか・・・。そして母が逝去してから絶縁したんですけどね。
何をどうすればこんなに変化のプロセスや道筋が変わるのか、本当にわかるようになったら、本人の意志を元に、なりたい自分に変わることに、大いに貢献できるんじゃないかと思うんですよね。もちろん、いくばくかの犯罪者は残りゼロになることはないでしょうし、どんな善人にもいくばくかの悪は包含するでしょうし、オキラクな未来を望んでいるわけではなく、誠意を以って、真面目に、自分や自分の愛する人のことを深く考えられる人に、望める人には、それなりの効果が出るようにしたいなぁと。
昨日、西田敏行主演の『星守る犬』という映画を見て号泣してしまって、あんな悲しいストーリーがひとつでも避けられるように、と思うのだった・・・。
ヒトだけではないにせよ、同じ種であるヒトが、今、地球を破壊したり、他の種を絶滅に追い込んでいることは確かなので、超・超・超微力であったとしても、少し役に立つことをしてから死にたいと思うのだった。それにはまず自分の脳を実験台にして、と思う心が逸る日々。
さて、どうなることやら・・・。







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