日本で教育を受けた人たちにとって、先生がたくさん話すのはまったく違和感がないのだろうと思います。私個人もそうでした、アメリカで授業を受ける前までは・・・。

先生が全体の50%を割る日も多かったなぁと、今振り返ると思うのです。もちろんそんな日の授業の内容は、ワークショップのように実際に生徒たちが演習をしたり、話し合いをしたりなんですが、それはとっても楽しいことでした。

しかも、話せない英語でそれをがんばらせてもらえるとは・・・とびっくりしましたね。

もちろんその授業スタイルは大学に行っても続くのです。マンモスクラスでない限り、生徒参加型が多く、私はそのスタイルだからこそ、自分の賢さを掘り下げることができたと信じているのです。

ゆえに、英語講師という狭い範囲の仕事であっても、先生というものは自分を披瀝しすぎたり、自分の考えを押し付けすぎたりするのではなく、ことごとく生徒さんたちの状況を踏まえて、意見を聴いて、生徒さんたちの発表と訓練の場を奪ってはいけないと考えています。

いい英語講師は、自分が話す割合をうんと減らそうと努力すると思うんですよ。だってね、講師にとっては、やり続けたことを繰り返すだけのことで、情熱も減っていくだけなので、相手が変わったら理解までの道のりやその長さや早さ&速さややり方が違うことに、都度都度意識を以って、「これでもか!」と臨機応変に合わせられることが能力だと思うのです。

ゆえに、講師自身が話す割合は、説明はしょうがない部分があるとしても、畳みかけて生徒さんが参加してくれている割合を増やさねばならぬ、と考えています。

そのため、私はNative講師を緩めに辞めてもらう方向にしたり、お願いをしたり、というのを何度もしていて、いつもここが分かれ目のような気がします。もちろんそれより問題なのは、人間性というのがありますが・・・。(^_^;)

いくらNativesの日常的な英語の言い回しをたくさん生徒さんに聴いてもらいたいとはいえども、講師がひとりでペラペラ話しているだけではダメだし、教え導く方向になっていないとダメです。

Speakingクラスの難しいところは、英語が話せる人にとっては、「単なる会話」になっていることが多いです。同じことを日本語でやられたらどうでしょう?自分が知らなかったことをいくつか話に盛り込んでもらえたり、発想がもらえたり、歴史的な事実をアップデートできたりしたほうがよいじゃないですか。それが worn out ;擦り切れる、使い切る 状態が起きることがあるわけです。英語講師としてもニンゲンとしても幅が狭いと、同じ話をまたしてる、ということになる・・・。

なので、参加型にしてもらい、自分の抽斗(ひきだし)すら生徒さんに開いてもらえるチャンスがあるように、たくさん生徒さんに話してもらえるほうがずっと楽しいレッスンになります。これは、文法やインプットのレッスンだとて同じことです。

みなさんはどう考えますか?いい英語講師に出逢えてますか?振り返ってみてください。<(_ _)>

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